今夜(こんや)から自分(じぶん)はもちろん、子(こ)どもの食(た)べものにこと欠(か)くとき | ふくしらぢお dansoundemo

今夜(こんや)から自分(じぶん)はもちろん、子(こ)どもの食(た)べものにこと欠(か)くとき

…ぼくは、ここで売春(ばいしゅん)の一般的(いっぱんてき)な論議(ろんぎ)などしようとは毛頭(もうとう)思(おも)わないが、売春(ばいしゅん)についての考え方(かんがえかた)は、ケースワーカーとして働(はたら)く中(なか)で変(か)えられた。売春(ばいしゅん)を肯定(こうてい)するものではないが、必死(ひっし)に子(こ)を育(そだ)てる母親(ははおや)(女(おんな))にとって、生活保護(せいかつほご)などに依存(いぞん)できないとき、どうしてもその日(ひ)の生活費(せいかつひ)をつくり出(だ)すためには、自分(じぶん)を売(う)る以外(いがい)に道(みち)はない。「いい」、「わるい」を超越(ちょうえつ)したところに問題(もんだい)がある。口(くち)さきで、その是非(ぜひ)を論議(ろんぎ)し、結論(けつろん)を出(だ)すことは容易(ようい)だが、福祉事務所(ふくしじむしょ)で相談(そうだん)し、「あなたは子(こ)どもも大(おお)きいし、健康(けんこう)だから働(はたら)ける」とつき離(はな)され、今夜(こんや)から自分(じぶん)はもちろん、子(こ)どもの食(た)べものにこと欠(か)くとき、最後(さいご)の手段(しゅだん)としてそこへ行(い)くことについて、ぼくたちはどう判断(はんだん)するのが正(ただ)しいのか。



ある年(とし)の正月休み(しょうがつやすみ)が終(おわ)って、子(こ)どもたちが登校(とうこう)してきて初顔合わせ(はつかおあわせ)のとき、四年生(よねんせい)になる女の子(おんなのこ)がこんな話(はなし)をしてくれた。その子(こ)も母子家庭(ぼしかてい)の子(こ)である。

「先生(せんせい)、うちのお母(かあ)ちゃん、12月30日(12がつ30にち)、一晩(ひとばん)で10万円(10まんえん)もうけてきよったんで、こんなの買(こ)うてくれた。」

と言(い)って、嬉(うれ)しそうに着(き)ている洋服(ようふく)を見(み)せてくれた。


その母親(ははおや)は、いわゆる飲み屋(のみや)につとめているが、一晩(ひとばん)に10万円(10まんえん)も稼(かせ)いだことに驚(おどろ)いた。いまから5、6年前(5、6ねんまえ)の10万円(10まんえん)(※1)である。ぼくは、その額(がく)の大(おお)きさから、「あるいは」と想像(そうぞう)もした。しかし、その4年生(4ねんせい)の子(こ)は、あまりにも「アッケランカン」として喋(しゃべ)るので、別(べつ)にこだわることはないのかとも考(かんが)えてみた。4年生(4ねんせい)の女の子(おんなのこ)は、母親(ははおや)が一晩(ひとばん)でどうやって10万円(10まんえん)も稼(かせ)いだのだろうかと考(かんが)えてのうえでのお喋(しゃべ)りなのか、あるいは無邪気(むじゃき)な訴(うった)えだったのか。全(まった)く大人(おとな)の世界(せかい)を知(し)らぬはずもない。性(せい)の世界(せかい)には比較的(ひかくてき)敏感(びんかん)である。


かつて売春防止法(ばいしゅん ぼうし ほう)による受刑(じゅけい)の過去(かこ)をもつ母親(ははおや)と話(はな)したことがある。その過去(かこ)は、できるものなら忘(わす)れてしまいたい出来事(できごと)だが、本人(ほんにん)には重(おも)い過去(かこ)としてある。しかも、戸籍謄本(こせきとうほん)にその過去(かこ)が記入(きにゅう)されていないかと心配(しんぱいしていた。もし記入(きにゅう)でもされていれば、自分(じぶん)以上(いじょう)に子(こ)どもが肩身(かたみ)の狭(せま)い思(おも)いをするのではと。しかし、その時(とき)には女手一つ(おんな で ひとつ)で沢山(たくさん)の子(こ)どもを育(そだ)てるのに、それ以外(いがい)の道(みち)はなかったと口(くち)は重(おも)かった。子(こ)どもたちは、母親(ははおや)の過去(かこ)を知(し)っていたが、ぼくが知(し)る限(かぎ)りでは、母親(ははおや)を軽蔑(けいべつ)する様子(ようす)は全(まった)くなかった。むしろ、どこかで母親(ははおや)を尊敬(そんけい)しているとさえみえた。その意味(いみ)では、釜ヶ崎(かまがさき)では、一人一人(ひとり ひとり)が、小学生(しょうがくせい)であろうと立派(りっぱ)な一人前(いちにんまえ)の生活者(せいかつしゃ)なのである。生活(せいかつ)の苦(くる)しさをしっかりと受(う)け止(と)めているそれを知(し)らずに、そこの浅(あさ)い批判(ひはん)などすれば、手痛(ていた)いシッペ返(がえ)しを食(く)らうことは受(う)け合(あ)う。… ( p.103-104 )


(小柳伸顕(こやなぎ・のぶあき)『教育以前(きょういく いぜん)~あいりん小中学校物語(あいりん しょうちゅうがっこう ものがたり)』田畑書店(たばたしょてん)/1978年)


※1: 発行は1978年なので、1972~1973年ごろの話になる。